11月25日(月)
自宅のそばのローソンに、「イトー」という若い男のアルバイトがいる。イトーは主に深夜勤務らしく、自分が深夜帰り道の途中で立ち寄ると、二・三度に一度の割合でイトーにあたる。
イトーはお世辞にも男前ではなく、かといって呪われたようなブ男でもない。けれど、いつも仏頂面をしているので、「ひねくれ顔経由ブ男行き」な顔になっている。それでも、表情は仏頂面だけど内面は大変よろしい、というのならば救いがあるのに、イトーときたら顔と性格がそのままイコールになってしまっている。
イトーはいつも何かに不満を持っているらしく、「いらっしゃいませ」も「ありがとうございました」もロクに言わないし、ひどい時にはバックヤードに引っ込んだまま、呼べど叫べど出てこない。客が自分ひとりの時は、1・2分待ってあげる事もさほど苦にならないのだが、他の客に後ろに並ばれるとこちらとしても気が気でない。
自分は決して悪くはないのに、なにかこう、「若造の店員一人ロクに引っ張り出せない使えないオジサン」という烙印を無言のうちに背中に叩き付けられているような切ない気分になる。
出て来い。
イトーよ出て来い。
お前はきっとバックヤードで世をすねて報われない世界中の自分と同じ人種の若者の代表として世間のヤツラにロックンロールな呪いをかけているのかもしれない(予想)。
それはそれで大変に重要な作業だと言う事もよく解るが、今日のところはひとつ俺様の顔に免じて出てきてレジを打ってはクレマイカ。
頼む、イトー。
お願いだ、出てきてお前の熱いレジさばきを拝ませてくれ。
イトオ!イトオ!イトオ!早く出てこないと、おでんにガム入れちゃうぞ。
そうして、さんざんじらされた後、やっと出てきたイトーが救いの神に見えるなんて、俺もまだまだ修行が足りないのかもしれない。
ああ、よかった。
帰っちゃったのかと思ったよ・・・。
いやさ、帰っただけならいいけれど、呪い返しでも食らって動けなくなっているんじゃないかと心配したよイトー。
と、普段はこれで終りなのだ。ところが、先日はとうとうとんでもない事が起きた。
その時自分は、イトー待ちの三番目で、ご無体な烙印から逃れた事に満足して悠々とイトー待ちをしていた。いや、むしろ先頭のお姉さんにどんな無体な烙印を押してやろうかと内心ウキウキしていたのだ。
お姉さんは「すいませーん、すいませーん」と徐々に声を荒げているのだが、それはイトーにとっては逆効果であることを知らない。
バックヤードからは煙草のニオイが流れ出していて、誰が見てもそこに人が居ることを如実に物語っている。恐らく、列に並ぶこの三人の中で、ヤツがイトーであることを知っているのは俺一人だ。
故に、ヤツが今しているのは、休憩中の喫煙ではなく、大事な儀式の最中であることを知っているのも俺一人と言う事だ。ここはひとつ、イトー歴の長い俺がイトーにかわって事情を説明し、皆の苛立ちをなだめなくてはならないのだろう、と思っていた矢先に事件は起きた。
イトー待ち二番目の客(一見中年の白髪の男性。作業服着用)が、突然カウンターを蹴り飛ばした。
グバン!という音とともに、おでんのつゆがタッポンと大きく揺れ、床に飛び散った。お姉さんは悲鳴とともに首をすくめ、カウンターの前を離れた。
白髪中年作業服は、続けざまに「出て来い!」と叫び、もう一度カウンターを蹴飛ばした。
アワワワワ。
どうするイトー、と思うまもなくノソリとヤツが現れた。時代劇で、「先生!」と呼ばれて用心棒が現れる、あのタイミングであのイトーがあの仏頂面で登場した。
俺は内心拍手喝采なのだが、白髪中年作業服は只今大三元聴牌中で鼻息全開である。
さあ!どうするイトー。
どう凌ぐイトー。
ドキドキしながらイトーの出方を伺っていたら、ヤツはまるで何事もなかったかのように無言でレジを打ち始めるではないか。おい、それはないだろ、イトー。ここまで舞台が出来上がっているのに、ノーリアクションはないだろう。寂しすぎるぜイトー。おでんのつゆがまだタパタパいっているし、ここはひとつ「逆上おでん返し」くらいの荒業は見せろよ。
だが、こちらの期待とは裏腹に、イトーは黙ってレジを打ち、お姉さんから何がしかのカネを受け取り、幾ばくかの釣りを渡している。
じゃあせめて先にのろしを上げた白髪中年作業服に期待を、と思ったら、こいつもこいつであっという間に冷静さを取り戻して、ポケットから財布なんか取り出している。
お、お前等一体ナンナンダ・・・。
ハーイ!ハイ!ハイ!あなたたちちょっと待ったちょっと待った。おかしいですおかしいです。間違ってますよー。
ハイ!まずはイトー。
あなたは職務怠慢の世をすねただらしない男ですね。その設定で間違いないですね。
ま、お姉さんはヨシとして、白髪中年作業服のお前。お前がしっかりしなきゃ。お前は深夜まで仕事をして疲れて帰ってきたところだね。早くうちに帰ってメシ食って寝たいわけだ。なのにレジの野郎がだらけて出て気やがらねぇ。アタマ来るねぇ、アタマ来るねぇ。仕事のストレスも胃のあたりに残ってるねぇ、残ってるねぇ。なんだか人生とか社会とかそういうものに対する不審感は年々強まってるねぇ強まってるねぇ。レジの野郎、まだ出てこないねぇ。前のネエチャンの「すいませーん」もだんだん耳障りになって来たヨネぇ。あーもう、イライライライライラ。
・・・・ドッカーンだ。
ハイ、ドッカーンだホラ。
やったよやったよ、ヤッテシマイマシタヨ!おでんもドパーンと来たね。
「早く出て来い」もよかったよ。正確にはトーホグ弁で「ハヤグででこい!」だったねぇ。決まったねぇキマッタネェ。一世一代の大啖呵だ。お姉さんも思わずキャーだものねぇ。黄色いねぇ黄色いねぇ。
で、ようやく野郎が登場だ!なのに詫びの一言もないよ、これが。ええ、おいどうなってんだ!?違うだろう違うだろう。ヨノナカってそういうもんじゃねえだろ。なぁ、おい。昭和生まれには粗末にしちゃいけねぇケジメってもんが体中に染み付いてるはずだよねぇ。安田講堂に青春を置き去りにしてきてしまったけれど、心の闘争は未だ完結してない筈さぁ。上を向いて歩こうよ、オリンピックの顔と顔。わがままは男の罪で、それを許さないのが女の罪だ。昔君といった映画がまた来るのに傘が無いときたもんだ。ホラホラ、カウンターがずれてるよオイ。
ああ!つゆと一緒にはんぺんも場外転落だぁ、ゲバゲバだぁ、青島だぁ。
ああもう大変だぁ!・・・って、何でオメえらは何事も無かったような顔出来るんだよ。
逃げてない?逃げてマセンカ?
もう、何がイヤって、こういう雰囲気の中、一番最後に会計する俺の身にもなってみろって。
本日の売上=12650円(12人)
内訳(
少年漫画?5300円、
一般書(小説等)?3300円、
雑誌?1050円、
プレミア?3000円)
買取=9500円(4人)
現金残高=3150円
来客数18人
レジ打ち12人
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イトーはお世辞にも男前ではなく、かといって呪われたようなブ男でもない。けれど、いつも仏頂面をしているので、「ひねくれ顔経由ブ男行き」な顔になっている。それでも、表情は仏頂面だけど内面は大変よろしい、というのならば救いがあるのに、イトーときたら顔と性格がそのままイコールになってしまっている。
イトーはいつも何かに不満を持っているらしく、「いらっしゃいませ」も「ありがとうございました」もロクに言わないし、ひどい時にはバックヤードに引っ込んだまま、呼べど叫べど出てこない。客が自分ひとりの時は、1・2分待ってあげる事もさほど苦にならないのだが、他の客に後ろに並ばれるとこちらとしても気が気でない。
自分は決して悪くはないのに、なにかこう、「若造の店員一人ロクに引っ張り出せない使えないオジサン」という烙印を無言のうちに背中に叩き付けられているような切ない気分になる。
出て来い。
イトーよ出て来い。
お前はきっとバックヤードで世をすねて報われない世界中の自分と同じ人種の若者の代表として世間のヤツラにロックンロールな呪いをかけているのかもしれない(予想)。
それはそれで大変に重要な作業だと言う事もよく解るが、今日のところはひとつ俺様の顔に免じて出てきてレジを打ってはクレマイカ。
頼む、イトー。
お願いだ、出てきてお前の熱いレジさばきを拝ませてくれ。
イトオ!イトオ!イトオ!早く出てこないと、おでんにガム入れちゃうぞ。
そうして、さんざんじらされた後、やっと出てきたイトーが救いの神に見えるなんて、俺もまだまだ修行が足りないのかもしれない。
ああ、よかった。
帰っちゃったのかと思ったよ・・・。
いやさ、帰っただけならいいけれど、呪い返しでも食らって動けなくなっているんじゃないかと心配したよイトー。
と、普段はこれで終りなのだ。ところが、先日はとうとうとんでもない事が起きた。
その時自分は、イトー待ちの三番目で、ご無体な烙印から逃れた事に満足して悠々とイトー待ちをしていた。いや、むしろ先頭のお姉さんにどんな無体な烙印を押してやろうかと内心ウキウキしていたのだ。
お姉さんは「すいませーん、すいませーん」と徐々に声を荒げているのだが、それはイトーにとっては逆効果であることを知らない。
バックヤードからは煙草のニオイが流れ出していて、誰が見てもそこに人が居ることを如実に物語っている。恐らく、列に並ぶこの三人の中で、ヤツがイトーであることを知っているのは俺一人だ。
故に、ヤツが今しているのは、休憩中の喫煙ではなく、大事な儀式の最中であることを知っているのも俺一人と言う事だ。ここはひとつ、イトー歴の長い俺がイトーにかわって事情を説明し、皆の苛立ちをなだめなくてはならないのだろう、と思っていた矢先に事件は起きた。
イトー待ち二番目の客(一見中年の白髪の男性。作業服着用)が、突然カウンターを蹴り飛ばした。
グバン!という音とともに、おでんのつゆがタッポンと大きく揺れ、床に飛び散った。お姉さんは悲鳴とともに首をすくめ、カウンターの前を離れた。
白髪中年作業服は、続けざまに「出て来い!」と叫び、もう一度カウンターを蹴飛ばした。
アワワワワ。
どうするイトー、と思うまもなくノソリとヤツが現れた。時代劇で、「先生!」と呼ばれて用心棒が現れる、あのタイミングであのイトーがあの仏頂面で登場した。
俺は内心拍手喝采なのだが、白髪中年作業服は只今大三元聴牌中で鼻息全開である。
さあ!どうするイトー。
どう凌ぐイトー。
ドキドキしながらイトーの出方を伺っていたら、ヤツはまるで何事もなかったかのように無言でレジを打ち始めるではないか。おい、それはないだろ、イトー。ここまで舞台が出来上がっているのに、ノーリアクションはないだろう。寂しすぎるぜイトー。おでんのつゆがまだタパタパいっているし、ここはひとつ「逆上おでん返し」くらいの荒業は見せろよ。
だが、こちらの期待とは裏腹に、イトーは黙ってレジを打ち、お姉さんから何がしかのカネを受け取り、幾ばくかの釣りを渡している。
じゃあせめて先にのろしを上げた白髪中年作業服に期待を、と思ったら、こいつもこいつであっという間に冷静さを取り戻して、ポケットから財布なんか取り出している。
お、お前等一体ナンナンダ・・・。
ハーイ!ハイ!ハイ!あなたたちちょっと待ったちょっと待った。おかしいですおかしいです。間違ってますよー。
ハイ!まずはイトー。
あなたは職務怠慢の世をすねただらしない男ですね。その設定で間違いないですね。
ま、お姉さんはヨシとして、白髪中年作業服のお前。お前がしっかりしなきゃ。お前は深夜まで仕事をして疲れて帰ってきたところだね。早くうちに帰ってメシ食って寝たいわけだ。なのにレジの野郎がだらけて出て気やがらねぇ。アタマ来るねぇ、アタマ来るねぇ。仕事のストレスも胃のあたりに残ってるねぇ、残ってるねぇ。なんだか人生とか社会とかそういうものに対する不審感は年々強まってるねぇ強まってるねぇ。レジの野郎、まだ出てこないねぇ。前のネエチャンの「すいませーん」もだんだん耳障りになって来たヨネぇ。あーもう、イライライライライラ。
・・・・ドッカーンだ。
ハイ、ドッカーンだホラ。
やったよやったよ、ヤッテシマイマシタヨ!おでんもドパーンと来たね。
「早く出て来い」もよかったよ。正確にはトーホグ弁で「ハヤグででこい!」だったねぇ。決まったねぇキマッタネェ。一世一代の大啖呵だ。お姉さんも思わずキャーだものねぇ。黄色いねぇ黄色いねぇ。
で、ようやく野郎が登場だ!なのに詫びの一言もないよ、これが。ええ、おいどうなってんだ!?違うだろう違うだろう。ヨノナカってそういうもんじゃねえだろ。なぁ、おい。昭和生まれには粗末にしちゃいけねぇケジメってもんが体中に染み付いてるはずだよねぇ。安田講堂に青春を置き去りにしてきてしまったけれど、心の闘争は未だ完結してない筈さぁ。上を向いて歩こうよ、オリンピックの顔と顔。わがままは男の罪で、それを許さないのが女の罪だ。昔君といった映画がまた来るのに傘が無いときたもんだ。ホラホラ、カウンターがずれてるよオイ。
ああ!つゆと一緒にはんぺんも場外転落だぁ、ゲバゲバだぁ、青島だぁ。
ああもう大変だぁ!・・・って、何でオメえらは何事も無かったような顔出来るんだよ。
逃げてない?逃げてマセンカ?
もう、何がイヤって、こういう雰囲気の中、一番最後に会計する俺の身にもなってみろって。
本日の売上=12650円(12人)
内訳(
少年漫画?5300円、
一般書(小説等)?3300円、
雑誌?1050円、
プレミア?3000円)
買取=9500円(4人)
現金残高=3150円
来客数18人
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