2004/03/29

3月29日(月)

 最近、生きた心地がしません。あまりにも生きた心地がしないので、ひょっとしたら自分はもうずっと以前に死んでいるんじゃないかとさえ思います。

 では、どうして生きた心地がしていないのかというと、普通に生きている人ならば当たり前にしていることを、もうずっとしていないからです。

 では、普通に生きている人が当たり前にしている事とは何かというと、酸素を吸って二酸化炭素を放出するとか、水分を摂っておしっこをするとかいうようなことではなくて、1ヶ月の休暇をとってクルーザーで地中海を一周するとか、バハマの別荘で徹夜麻雀をするとか、古本屋で高額なセット本を片っ端から買い占めるとか、そういうことです。

 思い起こせば、古本屋になってからもうじき三年になろうとしていますが、日にちが経てば経つほど人間らしい生活とかけ離れていっているような気がします。何か得体の知れない力に一方的にしてやられているような、麻雀で言うと親の連荘を許しまくってニ飜シバリになってしまったような感じです。

 こうなってしまうと、ただ単に親の連荘を止めればいいという訳にはいかなくなり、親にそれなりのダメージを与えた上での阻止という形をとらざるを得なくなり、それがまた更なる連荘を許すという悪循環を招く結果となってしまうのです。

 一体私は何が言いたいのかというと、良きにつけ悪しきにつけ、一度流れにハマッてしまうとその流れを変えることはおよそ人知の及ぶところではないということです。

 随分前の日記で私は「もう漫画は売れそうも無いので、これからは漫画以外のモノに力を注ごうと思う」と書いたのですが、意に反してそれからも漫画の入荷はとどまる所を知らず、とうとう店の商品の80%が漫画に占領されてしまいました。

 その結果どうなったかというと、予想通り漫画の売り上げは極端に落ち込み、その一方で小説についていたお客さんが逃げるという結果になってしまいました。こうなる事はある程度予測は出来ていましたが、漫画の入荷を止められなかった自分が悪かったとしか言いようがありません。

 漫画が売れなくなる予測を立てた理由の一つは、漫画を読む世代が社会現象に生活環境を左右される世代であること(不況など)が挙げられます。

 仕事や家庭に追われて時間もままにならず、更には自由になるカネも制限されてしまう。そういった人達が求める物は、漫画の世界に代表される空想上の娯楽ではなくて、安易な実益を伴うギャンブルや快楽を得られるSEX関係に集中しがちです。

 何をするにせよ「手っ取り早さ」や「後腐れの無さ」が求められる時代ですから、読むのに時間がかかって読み終わった後も場所をとる存在が重宝がられるはずがありません。しかも、大昔と違い安価な物ですから、本棚に飾っても有難味もあまりありません。

 良い本や自分にとって必要と思われる本ならばよく売れるかというとあながちそうでもなく、将来値が上がるか、若しくは読み終わった後に売りに来れば買った金額以上で買ってもらえる本でなければ買う動機すら芽生えないようです。

 その点、定年を迎えた年配のお客さんは、カネも時間も自由になり、しかも昔ながらの価値観で本に接してくれるので、こちらとしてはとてもありがたい存在です。そういうありがたい存在に、「漫画読んでくれ」とは言えません。言えない筈なのに、実際あるのは漫画ばかりでは、そりゃ逃げますよ。

 今すぐに「こうするぞ!」とはなかなか言えませんが、近頃おぼろげながら将来像も見えてきた(野垂れ死にや懲役以外にも)ので、少しでも良い方へ流れて行ける様にがんばろうかと思います。そして、今までは面白くない事があるたびに深夜の暴走行為を繰り返してきましたが、これからはそのエネルギーをもっとましなほうへ向けて、社会の為に役立てようと思います。

 この辺で今日の日記を終わろうかと思ったのですが、読み返してみると驚くほど短いので、無理して次の話題に移ろうと思います。ここからは無理をして書いていくので、内容的な責任はもてません。今までも決して責任を持ってきたわけではありませんが、これまで以上に尚いっそう責任がもてません。自分でも少し怖いくらいです。

 前々回、「女性」をテーマに勝手なことを書いたところ、各方面から投石にも近い非難を受けました。正直な気持ちを言えば、ものすごく後悔をしました。

 女性を信じない、嘘つきだから。

 いやはや、言い過ぎにもほどがある。普段、女性に優しく接している私のイメージが台無しです。日本フェミニストの会会長補佐として、これは言ってはいけない事でした。例え本心だとしても。いや、本心だからこそ言ってはいけなかったのだと思います。

 とにかく、女性からの反発は激しかったです。味方であると信じていた男性陣も、女性からの攻撃を恐れて私から離れていきました。特に、すねに傷を持つ男性はあっという間に姿を消し、あまつさえ敵として私の前に立ちはだかったほどです。

 もともと友人の少ない私はこれにて世界中の味方を失い、孤高の人となってしまいました。けれどものは考えようです。余計なしがらみが無くなって、風呂上りのようにすっきりした気分です。

 さて、今なら私を独り占めできますが、どうですか?そこのお嬢さん。

本日の売上=3290円(3人)
内訳(
少年漫画=2690円、
雑誌=600円)
買取=14050円(2人)
現金残高=?10760円
来客数=9人
レジ打ち=7人
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2004/03/22

3月22日(月)

 本日正午過ぎに、かねてよりの予告に従い、北海道から取り立てがやってきました。

 見るとテキは若い女の子が二名。私相手に色仕掛けで取立てをしようという作戦だったのかもしれませんが、それにしてはちょっと若過ぎます。

 「しめた!」

 相手が若ければ世知に長けたこちらに有利。店に来る前に買って来た菓子折り一つで事が済むかもしれない。私は瞬間的にそう計算したのですが、先に先方から「白い恋人」を頂いてしまい、思い切り相手のペースで話が進むことと相成りました。

 と、こういう書き方をすると、また誤解を生んでしまうので、正直に書きます。娘さんたちは、非常に良くできたお嬢さんたちでした。いらっしゃったのは「じゃんくまうす」さんのご令嬢とそのお友達。良くできたお嬢さん、というありきたりな書き方では申し訳ないほどでした。なにかこう、二人とも、杉田かおるの「鳥の歌」がBGMで聞こえてきそうな感じでした。古本屋の長女という星の下に生まれながら、その逆境をものともせず、よくぞこんなに良い娘に育ったものだと涙が出そうになったほどです。

 さて、女子高生が二人も遊びに来たら、そらもう商売なんてやってられません。それもわざわざ北海道からです。こちらに来たのはほんのついでとは言え、せっかく来てもらったからには少しでも楽しんでいって欲しいと思うのが私の習性です。

 あいにく天気は曇天で少し肌寒かったのですが、仙台城址に案内をさせて頂きました。私自身、仙台に30年程住んでいるにもかかわらず、初めて行きました。以前、石垣が崩れかけているので修復作業中、というニュースを聞いていたので多少不安があったのですが、いざ行ってみると、修復作業は昨日で終わっていたようで、そのタイミングの良さに少々驚いてしまいました。

 仙台城址は街並みを一望できる高台にあり、よく晴れた日にはとても見晴らしが良いと聞いていましたが、本日の薄雲の中に沈む街並みは美しさのかけらも無くて、仙台の本質を良く現しているようでした。

 18歳の女の子を城の跡に連れて行くのか、という意見もございましょうが、仙台には他に目ぼしい観光地が無いのです。その上、名物も特に無く(昨今牛タンが名物とされていますが、あれは本当は名物でもなんでもなくて、言ってしまえばただのデッチ上げ)、土産物も形式的に「萩の月」をお渡しするしかありませんでした。

 本当は、超穴場の喫茶店(音楽好きにはたまらない店)にも案内しようと思ったのですが、仙台城址で何気なくポケットをまさぐったら、お金を忘れてきていたことに気が付き、何事もないふりをしてそっと駅まで送り届けて終わりにしてしまいました。申し訳なや。おハズカシや。

 もし次回があったら必ず連れて行ってあげますので、今回は勘弁してください。

 それと、うちに来るお客さん連中から、「娘さんが来たら写真撮っておいて」と頼まれていましたが、それを見せるのはやめにしました。写真は確かに撮らせていただきましたが、それをいやらしい大人たちが見ることは許されないからです。

 なんたって「鳥の歌」ですからね。

 分かってんのかね、キミタチ。

 キミタチが18歳の女の子と普通にお話したりドライブしたりしようとしたら、いったいいくらかかるとオモットルのかね、ン?

 もしキミタチがどうしても写真を見たというのなら、一ヶ月の水垢離(みずごり)と写経4千枚と50リットルの献血及び検尿を済ませて、身も心もキヨメテからにしなさい。

 全く、男というやつは幾つになっても若い女の子と聞いただけでパタパタしてしまって、情け無いったらありゃしない。いったい、何を期待し取るのかね、ン?

 私たちはもう、オッサンなんだから、いい加減に悟りなさい。

 という訳で、長い前ふりの後、今回のテーマの「男性」について語ってみることにしましょう。

 前回、「女性」について書いたところ、掲示板のほうがにわかに活気付いたのですが、その書き込みの行間からは「ナメンナヨ、ンナロー!」という呪いに似た光線を感じました。

 そう思っているなら、率直に「ナメンナ!」と書いてくれれば良いのに、あえて逆のことを書くのですから女性は本当に怖くて扱い辛いものです。

 さて、前回女性は嘘をつくと書きましたが、では何故嘘をつくのでしょうか。答えを先に書くと、男が馬鹿だから、というところに落ち着いてしまいます。他にも、女性は他人の嘘を聞くのも好き、というのもあるのだと思いますが、それは今回は触れないことにします。

 男性は基本的には馬鹿です。馬鹿であることに理由はありません。恐らく、遺伝子的に見ても馬鹿であることが証明できるはずです。馬鹿なので、多くの男性は何かに迎合したり固執したりして自分の価値観を確定させようとあがきます。結果、多くの負債を抱えたりします。その負債が、現金などの目に見える物以外のものだったりすると、一生その負債に気が付かないでしまう場合もあります。

 よく、テレビなどで夫婦が出てきて相手のことを評価する場面がありますが、誰が見ても悪妻としか言いようの無い女性を、夫は「それでもこいつ、良い所もあるんですよ」というケースは間々ありますが、逆に女性が、ものすごく頼りない宿六に対して「騙された」と言うことはあっても、「この人にも良い所があるんです」と言っているところは殆ど見ることがありません。この場合、男性は負債に気が付いておらず、女性は男性の馬鹿に気がついているという構図になります。

 しかし、よく見ると、この構図が男女間における一つの理想像にも見えるから不思議です。それは多分、男性が女性の嘘に、女性が男性の馬鹿にそれぞれ愛情をもって接しているからなのだろうと思います。そして、その嘘や馬鹿が不完全であればあるほど愛情も深まるように思います。

 実を言うと、私も自分の負債には気が付いていないので、未だに女性の意味深な言葉にはコロコロと騙されてしまいます。それだけ魅力的な女性が私の周囲にいるという事なのだろうと思うとそれなりに喜びを感じることもあるのですが、何故か未だに私の馬鹿さ加減を愛してあげようという女性が現れないのがやるせないトコロではあります。

 ちなみに、世の中で一番の馬鹿は、「自分はすでに価値観が確定している」と豪語している(表現はそれぞれ違っても)人なので、そうしてみると、男は一番の馬鹿になるべく日々精進しているということになるのでしょうか。

 となると私は、愛されないままに日々己の馬鹿さを磨き、完全な馬鹿に達しつつあるわけで、故に女性の許せる範囲を超越した世界的馬鹿になる日も近いということになってしまうのでしょう。

 宇宙的規模の馬鹿になる前に誰かいい加減なところで止めてくれないか、と思う反面、行けるところまで行ってしまったらどうなるのかという興味もあります。

本日の売上=1900円(3人)
内訳(
少年漫画=700円、
一般書=550円、
雑誌=650円)
買取=3060円(2人)
現金残高=?1160円
来客数=5人
レジ打ち=3人
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2004/03/15

3月15日(月)

 昔は太陽だったそうです。そして、戦後靴下と共に強くなったそうです。現代では太陽というより破裂寸前の原子炉で、靴下を置き去りにして戦闘服よりも強くなっています。

 今回は恐れ多くも「女性」を語ってみましょう。

 唐突ですが、女性は嘘をつくことが多いようです。多い、と言うと語弊があります。むしろ話す事の90%以上は嘘だと言えます。こう言うと殆どの女性は口を尖らせて「どの辺が嘘か!」と詰め寄りますが、それを証明する事は非常に大変です。技術的に大変なのではなく、時間的に大変なのです。どれだけ時間があっても足りないくらい、証拠たり得る事実があります。

 本来であれば、いくつかの事例を持って証明すべきなのですが、厄介なことに多くの女性は自分のついた嘘をさも事実のように、(自分の中で)すり替えている場合が多いので、どれだけ理論的に説き伏せようとしても絶対に納得してもらうことができません。

 昔から女性を理屈で納得させることは不可能であるとされています。まったくその通りだと思います。女性もまた、論理的に納得させてほしいなどとは努々思ってはいないようです。できればカネや誠意で納得させてほしいと思っているようです。男にひれ伏してもらうか、もしくは全ては自分の腹一つで解決、という形式上での納得のみをヨシとするようです。

 私はよく、「なぜ結婚しないのか」と聞かれます。聞いてくるのが、多くは女性なので、今まで本当のことが言えませんでしたが、いい機会なので事実を申し上げます。

 私は女性を信用していません。今まで一度も信用したことがありません。決して女性が嫌いだと言うのではありません。ただ、信用していないだけなのです。そういう雰囲気が、多分相手にも伝わるらしく、私もまた女性に信用されたことが無いと思います。

 先に書いた通り、女性は嘘が多く、またその嘘を自分を肯定する為だけの道具として重ねて利用してくるので、会話をしているとすぐに疲れてしまうのです。女性と会話するときには、ただ「うんうん」と頷いているのが最良の策なのですが、私にはそうまでしてうまく付き合おうとする根気が無いので、女性からはいつも誠意の無い人間と評されてしまいます。ただしこれは相手が女性に限ったことではなく、男性でも嘘の多い人間とは同じく誠意の無い付き合いになります。その繰り返しが、女性を信用しなくなった原因の一つであると言えます。

 私は嘘が嫌いなのではなく、嘘を事実として認識せよ、という姿勢が嫌いなのです。嘘は嘘、事実は事実として、それぞれを楽しみたいだけなのです。故に嘘が多くとも、それが楽しい嘘ならば喜んで付き合います。男性の嘘には、こういう楽しみがあるのですが、残念なことに女性の嘘には楽しさの欠片もありません。そうした場合、同じく誠意の無い付き合い方をしたとしても、女性からは酷評を頂戴することになります。

 女性は、嘘をすら含めた自分をまとめて大事にしろと言いますが、男の嘘は絶対に許さず、裏切られたとか騙されたとか(同じ意味か・・・)と騒ぎたて、自分を悲劇の主人公に仕立て上げる術に長けていますが、自分からその「嘘の部分」を取り除いた本当の姿を決して見ようとはしません。もっとも、それ故に「女ののど自慢」(注)などで号泣しながら演歌を歌うなどと言う荒業に出ることもできるのでしょうが。

 近頃、教育の中で、「女らしく」とか「男らしく」という言葉が禁句扱いされているらしいです。その教育の成果がよく表れているなと感じることがあります。それはテレビの中であったり、店の中であったりするのですが、主に言葉遣いに良く表れているようです。日本の教育は優れているのだなと思います。

 しかし、何故古来より躾の中で「男らしく」「女らしく」と施されてきたのかと考えると、おそらく女性を野放図にすると、非常にたちが悪いのだと言うことを昔の人は知っていたからだと思います。それはもう手の施しようがなくなる事を、昔の人は身に染みていたのではないかと思います。故に足枷をつけたのでしょう。それはもう気の遠くなるほどの長い時間をかけて、女性から牙を抜こうとしてきたのでしょう。

 綺麗なものを喜ぶと言うので、綺麗だけれど動きにくい服を着せて、髪をいじるのが好きだと言うので、長い髪が美人の条件だとし、家でゴロゴロするのが好きだと言うので、女は家を守るのが仕事だと聞かせ、少しずつ行動力を削いでいったのだと思います。

 歴史上、世界で戦争が絶えなかったのも、女性が何かをきっかけに強くなりかけた頃を察知して、男たちが無理に世界を混乱させていたのか、あるいは男の数が多くなることを避ける為の生物学的な本能だったのか、もしくは女性に愛想を尽かした男たちのやけくそな自殺衝動の結果だったのかもしれません。

 そうすることで女性の行動力を制限し、溢れかけた力を生活力のほうに向かうべく命がけで仕向けたのだと思います。これを細かく語ろうとすると枚挙に暇が無いので割愛いたしますが、ここまで書きながら私は先人たちの血反吐の出るような努力を思い、涙が溢れそうになっています。

 この際なので、多くの男性を代表して言わせていただくと、女性の体を愛する男性は多くても、心まで愛する男性は少ないと思います。一時は心まで愛することもありますが、すぐに女性の嘘に気が付いてしまうので、いつまでも愛することはできそうもありません。

 古来女性は太陽であった、と言う言葉が示す通り、太陽は一日12時間だけ輝いていてくれれば充分で、残り12時間はどこかに隠れていて欲しいと思うのが本音です。

 太陽と言うのはそばに寄れば火傷するし、定期的に黒点を出して放射線を撒き散らします。故に、太陽であった、というのは決して褒め言葉ばかりではなく、扱いにくい物だという皮肉でもあったのだと言うことを認識していただきたく思います。

 「女ののど自慢」

 ・・・昔、「ルックルックこんにちは」というワイドショー番組の中にあったコーナーで、女性が自分の不遇の人生を暴露し、歌を歌って商品を貰うという、低俗極まりない企画。

 たいがいの女性は、苦労したと言う割には、ネックレスや腕輪や指輪をジャラジャラさせて、苦労の事実など微塵も感じさせなかった。

本日の売上=2050円(6人)
内訳(
少年漫画=1550円、
雑誌=500円)
買取=1190円(2人)
現金残高=860円
来客数=8人
レジ打ち=6人
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2004/03/08

3月8日(月)

 2001年の4月にオープンして以来、多くのお客様に可愛がって頂いた当店ですが、残念ながら世間の不景気の波に負け、閉店することになりました。今後は人目をはばかり、地下鉄の穴掘りの仕事をしながらひっそりと生きることにします。長い間のご愛顧ありがとうございました。さようなら。

 と、言うわけで、今回のテーマは「嘘」です。

 世の中には、たくさんの嘘が溢れています。特に、古本屋同士の会話は嘘の含有率が99.7%と、異常な数値の高さを見せます。その他、大企業の社長(50%)であったり政治家(70%)であったり、弁護士(80%)、医師(90%)と、社会的責任が重くなる職業ほど、嘘の含有率が高くなっていきます。

 嘘にはいくつかの種類があり、時にはつきたくない嘘でもつかなければならない場合があります。この製品は素晴らしいとか、公約は守るから一票入れろとか、この裁判は絶対勝てますとか、あなたはまだガンではありませんとか、高価買取いたしますなど、本来そんな気はさらさら無い時には嘘をつかなければなりません。

 逆に、嘘をつかなくてもいいのに、ついノリで嘘をついてしまうことも良くあります。掃除機に見えますが洗濯機ですとか、景気を回復させますとか、無罪確定ですとか、あなたのガンは治っていますとか、高価買取いたしますなど、「言ってみたら面白いんじゃないか」「今日は気分がいいから」という時にはつい、つかなくてもいい嘘をついてしまったりします。

 また、嘘をつくことが相手に対する思いやりだったりする場合もあります。この製品が放出する電磁波は肩凝りに効きますとか、景気が上向きですとか、勝訴ですとか、まだ半年は生きられますとか、高価買取いたしますなど、相手がつい嬉しくなってしまう嘘は時に重要な意味を持ちます。

 しかし、一番いけないのは自分の利益のみを考えた嘘です。この商品は安全ですとか、国民のためにとか、法の下の平等だとか、医は仁術だとか、高価買取いたしますなどという、耳ざわりは良いけれど誰が聞いても嘘だと分かるような言葉の裏には、ほとんどの場合「裏セオリー」が隠れているので、聞くほうも真に受けてはいけません。きっと、安全に使えば寿命が短くなったり、一部の国民のためであったり、高価買取期間は昨日までだったりするのです。

 私は人に誇れるものなどほとんどありませんが、唯一誇れるものがあるとしたら、自分の利益のためになる嘘以外はついたことが無い、という事です。多くの人は様々なケースで様々な嘘を使い分けていることでしょうが、私はそんな曲がった事はしたことがありません。日々嘘をつかなければまともに生きてゆけそうも無いこの現代社会において、ただひとつの目的以外の嘘をついたことが無い私は、非常に貴重な存在であると思います。

 さて、冒頭でも書いた通り、当店は閉店します。不景気の波に、と書きましたが、実際にはここ一年で仙台市内の同業者が次々と閉店し、もう騙せる相手がいなくなったのが大きな原因です。

 私のように、自分の為にしか嘘のつけない真面目な人間は社会では通用しないのだということを痛感しました。今後は、以前に得た資格を生かすことができて、さらに、古本屋よりも嘘をつかずに済む、医者になろうと思います。

本日の売上=6300円(8人)
内訳(
少年漫画=900円、
少女漫画=1400円、
一般書=3300円、
雑誌=700円)
買取=1000円(3人)
現金残高=5300円
来客数=14人
レジ打ち=8人
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2004/03/01

3月1日(月)

 第一話 (約束)

 私は「約束」が嫌いです。守るのも守らせるのも嫌いです。約束をすると緊張し、緊張すると肩が凝り、肩が凝ると眠くなり、眠くなると隙だらけになり、隙だらけになるといらぬ約束をさせられるから、約束が嫌いなのです。

 そもそも、約束というものは、自分は守らずに相手に守らせるためにあるものなのだそうですが、なるほど、確かに私に約束を守れと強要する人々は、例外無く自分自身は約束をしたがらない人が多いようです。時には、自分が出来ない事を強制して、私がうろたえるのを楽しんでいるように見える場合もあります。

 ただ、私はその場でうろたえたりしていても、実はこれっぽっちも約束を守る気が無いので、内心では強要してきた人に対して同情していたりします。そういう時、私はちゃんと心の中で、「ゴメンね、この約束も守らないよ」と深くお詫びをしているので、その点非常に良心的だといえるでしょう。

 どうして私が約束を守らないのかというと、私に約束をさせようとする人のほとんどが、自分自身はノーリスクでいようとするからです。自分はこれを約束する、だから貴様もこれを約束せよ、と言われた時には、私は真摯に約束を守るのですが、残念ながらそこまでアツイ人には今までほとんど出会ったことがありません。相手の名を尋ねる前には、まず自分の名前を名乗るのが礼儀なのと同様、相手に約束をさせようというときには、まず自分も何かを誓わなくてはなりません。

 「1億円やるから、明日は12時丁度に開店してくれ」とか「10億円やるから、明日は店を開けないでくれ」とか「ハワイに別荘を建ててやるから、千葉ロッテの監督になってくれ」といったように、自分も何かを背負わなくてはなりません。社会的にどうかという問題よりも、それが男の約束の仕方ではないのかと思っています。

 そういう意味で、私は約束を守らせるのも嫌いなのです。万が一相手がきちんと約束を守ったりなんかしたら、私も守らなければなりません。約束を守るとなると、相手のことを慮ったり自分を厳しく律したりしなければならず、それはとても疲れることですし、面倒くさいことです。そんな思いをするくらいならば、誰とも約束をしない方が楽です。

 大体にして私は、1億円貰っても開店は1時過ぎくらいだし、10億円貰ったら20億円くれるまで店は休まないし、ハワイの別荘程度ではロッテの監督も引き受けません。

 第二話 (じゃんくまうす)

 絶対に払うまい、と心に決めていた「じゃんくまうす」さんからの請求書ですが、敵はとうとう刺客を送り込んでくる様子です。なんでも、後ろ回し蹴りが得意な若い娘らしいのですが、人選を誤っているとしか思えません。なぜならば、若い娘が私の美貌溢れるこの顔を蹴る事など出来るはずがないのです。きっと一目惚れして、こちらに寝返ることは目に見えています。更には仙台を離れがたくなり、こちらに居を構えてしまうことになることでしょう。じゃんくまうすさんに言っておきます。娘さんには充分なおカネと、住民票を持たせてよこしなさい。

 あと、当店への道順ですが、仙台駅西口のバスプールの5番の乗り場で「横堀」に停まるバスを探して乗るといいでしょう。何故横堀で停まるバスに乗らなければならないのかというと、素人はそのバス停で降りないと当店には辿り着けないからです。気をつけなければならないのは、5番から出ているバスが必ずしも「横堀」に停まるとは限らないことです。過去、約一名違うバスに乗ってしまい、あらぬ方向へ運ばれた人がいます。また、運良く「横堀」で降りられたとしても、そこから当店に辿り着けるかどうかは保証の限りではありません。ただし、帰りは地下鉄東豊線「新道東駅」まで直通の地下鉄があるので、心配する必要は無いかもしれません。それは「約束」してあげます。

 ところで、仙台へは何に乗って来るのでしょうか。吉田拓郎愛用の苫小牧発仙台行きフェリーでしょうか?自転車でしょうか?それとも気球?

本日の売上=5500円(8人)
内訳(
少年漫画=3300円、
一般書=1800円、
雑誌=500円)
買取=2080円(4人)
現金残高=3420円
来客数=10人
レジ打ち=8人
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